別室ゲッターラボ

メインのブログの「人生を楽しいに変えるブログ」の別室として、「お金」を主なテーマに書いています

バブルの時の土地ころがし~その2~

f:id:GetterLabo:20191109050934j:plainあいだが半年ぐらい空いてしまいましたね~(笑)

 

このブログを書き始めたのはいいけど、どんな扱いにしようかと考えてるうちに気がついたら・・・(笑)

 

まあ、あくまでもメインのブログからはこちらは「おまけ」なんでのんびりと更新していきます(さすがに半年はないですが^^)

 

さて、前回は鳥取の田舎でバブルの後半に「土地転がし」の会社での事を書いていました。

その「土地転がし」のからくりですよね。

 

前回も書きましたが、「転がす」=「転売」で儲けようにも「利益」の9割以上を税金に収めないと行けないのでは儲かりません。

 

そこで「利益」なんですから、それは「経費」を引いた分ってことなんですね。

おさらいすると、1000万円で買った土地をすぐに1500万円で売りました。

 

すると「利益」は500万円ですよね。

当時はこのぐらいの価格の上昇はいくらでも有ったんです。

 

特に田舎の土地って都会に比べたら坪単価がゼロが2つも3つも少ないですよね。

すると都会の土地で儲けまくって「もう買う土地がない~」「でも現金はいくらでもある~」「銀行もいくらでも融資してくれる~」って人たちからは、坪単価が20万円が30万円になっても区別がつかないんですよ。

 

実際に当時の僕の住む街では高級な住宅地でも高くなっても坪単価20万円程度。

当時、開通したばかりの大きな国道の沿線沿いとかでも当初は1~20万円ていどだったんですよ。

 

坪単価が数百万や数千万円するようなところから来た人には「ただ」みたいなものです。

 

なので、少し条件の良い土地は値段は有ってないようなものです。

 

地元では坪30万円で高いと思われるような場所でも、地元でない都会の人からは100万円と言われても「安い」のですよ。

 

そしてそんな買い手が次々に来るわけですから、Aって人には40万円と言って買う話を進めているうちに別のBには50万円で買えると話を持ちかけて・・・Aが契約する頃にはCに60万円で売る人がいると営業する。

 

そしてもしBが買うのを悩んでいたら、「ここだけの話」と言って「実はもう60万円で買う人が見つかっている」ともちかければ100億パーセント買います^^

 

これを500坪ぐらいの土地でやるわけですよ。

「1ころがし」で10万円×500で5000万円の利益。

 

お客のやることは現金を用意するのと契約書に判子を押すだけ。

この時代は3億円程度の現金さえあればこんなぼろい儲け方ができたんですね。

 

とは言え500坪とかってある程度まとまった土地はそんなに数がないので、同じ土地でこれを繰り返すわけですよ。

今では大型の施設とか建ってる土地で、当時は更地でこんな事を繰り返した土地がいくつか有ったのを地元の人でもあまり知らないんだと思います。

 

もちろん、僕のいた会社はその仲介をして「まっとう」に不動産手数料をもらう場合もありますが~それでは売値の3%程度です(まあそれでも3億円の3%ですが)

 

でも、実態はそうではなくてその手数料にプラスして坪に1万円ほど上乗せして売ります。なので実際に売り主に言う価格は41万円であり次には52万円なんですよ。

 

これで手数料と合わせて600万円ほど入ってきます。

会社のする事も、買い手を見つけて契約して登記を頼んでそしてこの話の肝になるヤ◯ザさんにお願いして終わり。

 

こっちもボロ儲けです。

 

なので、当時はこんな美味しい土地をいかにして見つけるか、今とは真逆の「土地を売ってくれる人」を見つけるのが仕事が一番の仕事だったんです。

 

転がせなくても少し良い場所なら、住宅用に住宅メーカーがすぐに買ってくれましたからね~

 

で~前回から引っ張ってるヤ◯ザさんの役割です。

 

これは「土建屋」なんです。

組の若い子に名前だけの土建屋を始めさせます。

 

プレハブの本社と中古のユンボが1台程度。

それにヤンキーの事務のお姉さん1人いればOK(笑)

 

さっきの話でいくと転がす時に「造成」とか「盛土」とかの「土建工事をした」ってことにして、4500万円ほどの領収書をその「土建屋」名義で発行します。

 

まあ、場合によっては薄っすらと造成したふりの為に真砂土を入れたりの工事はしますが・・・・

 

造成の4500万円の領収と登記などの司法書士に払うお金の領収など「経費」になりますから、利益の5000万円から経費を引いた300万円程度にたいしてしか税金はかからないのです。

で~実際はもちろんその領収書通りに「土建屋」に払うわけはありませんから、「領収書代」として100万円ほどヤ◯ザさんに払うわけです。

 

でも、これだとその「土建屋」が税金を払わないといけなくなりますよね~帳簿上では収入が4500万円あるわけですからね。

ところが、そんなすぐに税務署はきません。

 

芸人の徳井さんの話が少し前に話題になってましたよね。何年も申告すらしてなかったわけですよ。

税金って原則は「こちらから申告するもの」ですから、しばらくはバレないんです。

 

じゃあ、バレたら?

その名前を使ってる若い子にお小遣いを渡してほとぼりが冷めるまで海外でバカンスです^^

 

今度は別の名前で「土建屋」を始めて・・・・

 

こうやって「経費」を作り出して税金で取られないようにしていたわけですよ。

 

大雑把に言ったらこんな流れです。

当時の僕は若かったので、あまり詳しいことは知らないんですけど「いろいろ」とまだカラクリはあったと思いますよ。

 

だってこの会社には「政治家」とかも絡んでいましたからね~

 

他で行われていた俗に言う「土地転がし」ってのが同じ理屈なのかは知りませんが、僕がいた会社はこんな感じのことをしていたんです。

 

だから、僕が知る限りは「土地転がし」って違法な事をしないと成り立たないんですよ。

 

ちなみに、この会社には2年ほどで辞めたのですが、そのあとバブルは弾けてあっという間に儲けれなくなって会社は潰れました。

5年ほど経ってからここの社長を見かけることがあったのですが、ボロボロの車に乗って他の不動産屋にみすぼらしい格好で入っていきました。

 

儲かってる時は常に財布に200万円以上入れていましたが、本当にケチで数千円の支払いにも渋るような人でしたからね~そのくせ自分は女に散財してましたらね~お金がなくなれば寄ってきていた人もいなくなって落ちぶれたんでしょうね~

 

僕自身はここにいた時には殆どお金を儲けたわけでありません。

仕事自体は給料(普通のサラリーマンぐらい)以外の「歩合」の部分は、億の金が飛び交う世界では22歳やそこらの若造では仕事は取れなかったですからね~

 

それでも、この時代のこの世界では経費は使い放題で、社長からの雑用とかお迎え(女の所に遊びに行ってる時の)とかのお呼びですぐにいかないと行けないから、当時はまだ珍しい「携帯電話」を持たされ、遊び回っててあまり乗らない社長の高級車を自由に使えたんですよ。

 

その世界ではかなり「真面目」な僕は社長には信頼されたましたからね~ガソリンもカードで入れ放題、携帯電話も使い放題、食事も経費で好きなものを食べ放題でしたね。

 

月に携帯電話代で100万円ぐらいは使ってましたがなんにも言われたりはしませんでしたね~当時の携帯電は確か基本料金だけで30万円ぐらいしたはずです。

 

あと会社に出入りする人たちを車でいろいろ連れて行ったり必要なものを代わりに買いに行ったり雑用を頼まれたりってのも、僕の仕事だったんですがヤ◯ザさんとかバブリーなお客は必ず「タバコ銭」って言って「1万円」は会うたびにくれるんですよ^^

 

それ以外にも、いちおうこの会社はまともな住宅地の開発とかもしてたので、その区画を2~3は僕にも自由にさせてもらえてたので、地元の小さな工務店(大手は先輩方が押さえてる)に情報を流すとすぐに買ってくれるんですよ。

 

当時は家を建てたい人が何人も空いた土地がなくて待ってる状態でしたからね~

工務店とかは土地さえ見つけれればすぐに家を建ててくれる客を抱えてたんです。

だから、情報を流すとすぐに飛びついてくるんですね。

 

で~それから2~3ヶ月して家の引き渡しも終わった頃に、工務店の社長から「お茶飲みにきて~」と電話が・・・・

お茶を飲みに行って雑談して、帰る時には「これガソリン代」って言われて茶封筒を渡されます。

すると10万円は入ってるんです。

 

ようは情報を流してくれたお礼で、「また、あったら教えてね」ってことなんですよ。

 

給料は普通でしたが、こんな感じで簡単にお金が入って来ましたからね~食事なんかは出会う人達からは「子供」みたいな年齢ですから、好きなものをいくらでも奢ってもらえるし、そもそも皆さんお金持ちですから高級なものしか食べないし・・・

かなり贅沢な生活はしていた気はしますね(笑)

 

会社で事務員さんに「集金してきて」って言われて800万円とか現金でもらってきたり、知り合いの土建屋(まっとうな)の社長が「事務員が休んでて銀行に行けないから代わりに小切手換金してきて」と頼まれ、休みの日で暇だったので額面も見ずに銀行に行き、額面も見ずに裏に名前書いて換金しようとしたら・・・・

 

なかなか呼ばれない・・・「確かちらっと3って見えたから30万円だと思うんだけど・・・」そのぐらいのお金で何をてまどってるんだ??・・・

やっと呼ばれてカウンターに行くと「300万円・・・・・」。

 

そりゃ怪しいはな~Tシャツにジーパンのあんちゃんが手ぶらで300万円の小切手を換金に来たら(笑)

あの社長も金額言えよ~怪しいのもだけど、お金を入れるものを持ってないじゃないか~~^^:

カウンターに置いてある銀行の封筒じゃ入らないし・・・しかたないので「はだか」でわしづかみにして持って帰りましたよ(笑)

 

100万円の札束を3つ手に持って歩いてるTシャツにジーパンの若造・・・警察に見られたら100億パーセント職質ですよね^^

 

「めし食いに行こう」と仕事で知り合った人に高級寿司店に連れて行かれ、「時価」って書いてあるのを上から順番に食って行き帰りは2人で10万円以上払ってもらい・・・

 

「飲んでるから来ない?」とこれまた仕事で知り合った「本物の詐欺師」(笑)に呼ばれ、普段は飲まないので店のことをよく知らず言われた場所に行くと・・・・超高級クラブでTシャツにジーパンのあんちゃんは入り口で止められ・・・・

入り口でボーイと揉めてたらその人が出てきて・・・・ボーイのお兄ちゃん店長に死ぬほど怒られて・・・いやいや、ふつう止めるから^^

テーブルに最初からバランタインが置いてある、エロいお姉さんが横に座って注いでくれるお店で、間違いなくそのお姉さんより年下のTシャツにジーパンのあんちゃんが酒を飲んで・・・・1時間ほど話してたら「あとは払っておくから好きなだけ飲んでて」と詐欺師さんどっかに行き・・・もの凄い場違いな僕だけ残されて・・・^^;

 

当時の僕の年齢はそこの世界ではかなり若くて、僕に年齢の近い人はけっきょく出会うことはなく、一癖も二癖もある人達の中ではとっても真面目な僕はヤ◯ザさんから詐欺師に政治家にバブリーな社長さんその他この会社に関わる多くに人からとっても可愛がられ、さんざん美味いものと普通では見れない世界を見てこれたんです。

 

ここでのお話はまだまだありますし、ここでの出会いからのつながりでここを辞めて10年以上経ったあとに中国に行くことになり、そこでも普通じゃない体験をしたのですがそれはまた別の機会に書くことにします。

 

この時代のこの世界は「100万円」が100円玉のような感覚の異常な世界でしたね。

 

こんないろいろな体験をしてきて今は人の悩みを解決して、人生を楽しくするお手伝いをしている僕です。

そんな事が書いてある僕のメインのブログはこちらです。読むだけでも人生が変わる人が結構いるのでよかったらこちらも読んでみてくださいね。

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